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男の戰い

昨日はカラオケオールからそのまま10時間麻雀した後友達の家に行くという愚行の結果36時間くらい起きていたのでさっきまで完全に沈黙していました。

上はあきの家で撮った謎の記念写真です笑。最初からいた浅野君(左)と後で家に行ったあき君(右)とは高校で一緒だったんですけど、この3人が揃うと僕は普段の3倍くらいのテンションになります。

彼らの存在もありあんなしょうもない高校でもそれなりに懐かしい思い出はあるわけで今日はその中の1つ、2年の時の体育祭について書こうと思います。

経験故の自信、くぐってきた死線の数ゆえの確信の色を顔に浮かべた漢たちが、スポットライトさながらに真紅の太陽が熱く照らすグラウンド中央、力持ちのイェルサレムに集まってくる―そう、『綱引き』の時間です。

綱引き―力自慢の兵(つわもの)どもが集い、勝利という栄光のため、力持ちという称号のためだけに全身全霊全力で縄を引く、力持ちの力持ちによる力持ちのための競技、いわばスポーツの原点である。

僕ら2年4組の漢たちも勿論の如く戦場に身を投じていました。

しかし場の高揚感とは裏腹に僕の心は憂鬱でした。

どうしてもわが軍に勝機が見出せなかったのです。

綱引きは1年2年3年合同のクラス別チームで行われるのですが、相手チームは運動部揃いでガタイもよく見るからに綱引きをしにきたという面持ちです。
一方わが軍の3年はこれがどう見ても弱すぎました。メガネ率がかなり高い。ていうかメガネを取らんか。もっと率直に申し上げれば彼らはもやしでした。綱引きをしにきたというよりは、首都圏への発送待ち状態という感じでした。

まして1年なんぞはついこないだまで中坊だったひよっこどもですので期待するのも酷というものでしょう。

強いて言うなら同じクラスのO君(ラグビー部推定100kg本人曰く70kg)がせめてもの救いという状況でした。
僕は紅組軍の軍師として、このもやしとひよことO君という駒を駆使し、何とか屈強な青組軍を破り、勝利をもたらさねばならないという義務感に強く駆られていました。

しかし如何せんどうしてもこの不利な戦況を覆すような策が見つかりません。

そもそも綱引きという競技は基本的には力比べであって戦略が入り込む余地はあまりないのです。
そして合戦の刻までもう時間は残されていません。
僕が大会本部に降参の意を伝えるひよこを伝令として放とうとしたその時

 

 

 

 

 

 

]

中国三国時代の蜀の名軍師、諸葛亮が僕の心に語りかけてきたのです。

諸葛亮「少年よあきらめてはなりません。これから私の言うことをよく聞きなさい。」

僕「あなたは!」

諸葛亮「君はこの戦を、負け戦だと思っているようですね。」

僕「…もやしとひよこではどうしようもありません。」

諸葛亮「わが軍には彼がいるではないですか。」

僕「やはりO君ですか。しかし彼1人いたところで総合力で圧倒的に劣っています…。」

諸葛亮「それは百も承知しています。肝心なのは彼の使い方です。」

僕「綱を引く以外にすべきことがあるというのですか?」

諸葛亮「彼を重りに使いなさい。」

僕「重り・・・ですか?」

諸葛亮「とにかく余った綱を彼の腹に巻き付けなさい。そして彼をうつ伏せにし、その上に2年4組のものたちを乗せるのです。それが希望の船となるでしょう。」

僕「ノアの方舟…!」

まさに奇策。綱を引くことだけに捕らわれていた僕の思考は諸葛亮先生の重りという守の概念によって解放されました。

僕は早速諸葛亮の策を実行に移しました。
O君はわけもわからないまま縄を腹に巻かれます。
そして大地に横たわりました。
その上に僕を含む4人がうつ伏せで乗っかっていきました。このあたりでノアの方舟とはちょっと違う事に気づきました。
しかしとにかく縄の最後尾に約350kgもの重りを設置することに成功したのです。
作戦の概要は要塞ノアの方舟で相手の攻撃を堅守しつつ長期戦に持ち込み、隙をついて残りの攻撃要員が一気呵成に攻撃するという作戦でした。
発想で勝ちすぎて正直言って負ける気がしませんでした。

そして開戦―

 

 

 

この余りにクールな作戦に観客は魅せられ、熱狂し、記念に1枚撮るものも多く現れました。

策は完璧でした。

さらに思わぬ追加効果として青組軍からは方舟が見えないので、引いても引いても動かない綱に戸惑い、焦燥し、混乱し、畏怖し、全軍にわたって激しい動揺が走っているようでした。
僕「今こそ策は成りました。攻撃要員たちよ、一気に引っ張るのです!」

 

 

 

 

 

 

 

ズズッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウウッ!」

 

 

 

 

 

 

引きずられたのはO君の方でした。
もやしとひよこ達が役目を果たせなかったのでした。
O君は僕らを乗せたまま10mほど前進し、それが僕らの敗北を知らせました。
僕は静かに立ち上がり、O君を残し戦場を去りました。

スタンドに帰る敗者の僕らを待っていたのは意外にも大きな称賛と拍手でした。
みな今まで見たこともないクリエイティブな綱引きに感動を覚えたのでした。
僕は空を見上げました。

「結果は負けでしたが、それよりも大きな何かをこの戦を通じて勝ち取れた、そんな気がします。これこそが先生の策だったのでしょうか。」

もう声が聞こえる事はありませんでした。 (終)

コメント一覧

Comment from to
Time 2009 年 11 月 17 日 at 11:10 PM

今、PCを前にして全力で笑う僕を見た母親は悲しそうでした。

Comment from 匿名
Time 2009 年 11 月 19 日 at 11:11 PM

いなじー

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